私が日産の季節工に応募したのは大学2 年の夏休み前後で、その直前にプリンス自動車と合併(というより実質的には吸収)した時でした。勤務先は村山工場で、これも今はなくなってしまいましたが、当時は主にグロリア(縦四つ目のタイプ)など作ってました。JR(じゃなくて当時は国電、なんか今回はカッコが多いなあ)の立川駅からバスで砂川十番まで行くわけですが、まあ西荻窪からですから遠くはありません。
勤務は朝から夕方と、宵の口から早朝までの二交代で、それを1 週間ごとに入れ代わるシステム。私が配属されたのは、ドアの回りのスポット溶接のバリをグラインダーで磨く工程でした。少し慣れたら「ハンダ盛り」のデコボコを磨くのも任されました。ハンダ盛りって、本当に溶けたハンダを盛り上げるんです。そう、ハンダ付けのあのハンダ。あれは鉛だから今のクルマには使いませんが、当時は当たり前でした。
どこに使うかというと、屋根からリアクォーターパネルまで鉄板がつながっていて、その下にリアフェンダーが来るんですが、その継ぎ目を埋めるため、係が左手に大きなハンダの塊を、右手に酸素のバーナーを持って、どろどろ溶かしながら流し込むんです。ちょっと多めに流すから盛り上がりますね。それが冷えてから、サンドペーパーの束が回る工具で、周囲の鉄板と同じ面になるように均すわけ。
作業そのものは難しくないんですが、凄いと思ったのは、そこで働くことそのものです。だって、勤務時間の最初から最後まで、目の前にくり返しくり返し同じものがやって来て、同じことやるんですよね。夜勤の場合は昼より休憩が1 回多く、牛乳が配られたりするんですが、これを毎日毎日やり続けて勤続何年って、それだけで頭下がります。華やかなクルマ界も、こういう人たちの無数の踏ん張りで支えられてるんだと思うと、チャラチャラ箱根あたりで試乗しただけでわかったような記事書いたり、軽い気分で改造しちゃったり、するもんじゃありませんね。
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ま、そんなわけで手に入れたオースチン───って急に話が戻っちゃいましたが、正式名称はA50 ケンブリッジ。偉そうでしょう。あのころイギリスの実用セダン界ではオースチンとモーリスが双璧を成していたのに、両者が合併してBMC(ブリティッシュ・モーター・カンパニー)になったんで、オースチンがケンブリッジ、モーリスがオックスフォードを名乗ってました。前にも書いたように50年代の初めに日産はオースチンから技術導入することになって、最初はA40 サマーセットという丸っこいの(通称ダルマ・オースチン)だったんですが、これはあくまで小手調べ。すぐ本国側がモデルチェンジでA50 になったんで、日産もそれに切り換えたのがこれ。
日産といえば当時ダットサン乗用車とか、試みにダットサン・スポーツなんかも作ってましたが、中身の実態はトラックに近く、とても国際的に胸を張れるもんじゃなかったんです。もっとずっと後になって、そこそこダットサンも近代化した感じになった時(それでもサスペンションは前後とも独立式になってなかったけど)、試しにアメリカに持って行ったら、「デトロイトの流れに抗する気持ちはわかるが、これで美しければたいしたもんだ」とか、さんざんな言われ方をしたもんです。
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それにくらべるとオースチンは、今よりずっと勢いのあったイギリスの産物だけに、眩しいほどカッコ良かった、ほんと。私のポンコツも屋根がクリーム、車体がブルーの2 トーン塗装で、ちょっと洒落てたもんです。このへん、後の初代ブルーバードにも深く影響するんだけど、その最大のポイントがエンジンでした。ある意味でこのエンジン、その後のイギリス車と日産の運命の半分以上を支配することになったんです。オースチンA50 用は4 気筒の1500ccでBMC のB タイプと呼ばれ、MGなどにも広く応用されてました。これが、ずっと後に日産独自開発のL 型エンジンが出るまで、ずっと基本になるわけで、最後はサニーのA 型にまで受け継がれることになるわけです。ほら、乗用車がどんどん変わった後も、角張ったサニトラことサニー・トラックだけは変わらず最近まで売られてたでしょう、あのエンジンがそうです。
オースチンのエンジンに付いた小さな金属製のプレートには「ウェスレイクの特許を使用」って書いてあって、もちろん外からは見えないけれど、内部の燃焼室の形に秘訣があったんですね。その燃焼理論を考えたのがハリー・ウェスレイクって設計者で、後にF1エンジンも設計して、66年のベルギーGPで1 回だけ優勝してます。そのオースチン用B タイプ・エンジンと似た設計で一回り小さいのがA タイプで、皆さんもよく知っているオリジナル・ミニに40年間以上も使われて───って、あーっ、また私のオースチン話から遠くなったまま来週に続きますのだ。
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| 皆さんご存知の初代ミニに搭載されているエンジンこそ、熊倉所長の初めてのマイカーだったオースチンA50と同系列のものなんです。なんだか回りくどい言い方になってしまいましたが、要するに当時の流れを汲むエンジンがつい最近まで存在したってことです。 |
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