クルマに限らずデザインって、人それぞれ好き嫌いの世界だから、普段あんまり話題にしたくないんですよね、本当は。よくあるんですよ、「○○○のデザイン、良くないよねえ」とか言われること。それはその人の感情の問題であって、私にまで同意を求めるようなことじゃないんだけど、面倒だからって生返事してると気分悪くされちゃったりして。
それに私は、クルマの世界に日本だとかドイツだとかの壁を立ててないし、ましてや「コクサンとガイシャ」みたいな区別とは無縁なんで、先週ここに書いたように「日本がヨーロッパにデザインで負けてる」なんて、もともと言うはずの人間じゃないんです。負けてるとかに関係なく、最近は日本でもマーチ、ヴィッツ、デミオなどなど、ほかと似ない意地で作られたクルマ、けっこうあるし。
でも、それを承知で比較文化論っていうんでしょうか、なんだか欧米に差をつけられて、なかなか追いつけない部分もありそうなのを、この間ジュネーヴ・ショーで感じてきたわけです。まあ、これも個人的な感じなんだけど、ヨーロッパのデザインって、やっぱり見映えするんだもん。
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そこで思い出したのが「無難」って単語。けっこう日本では使用頻度の高い言葉じゃないですか。これがクルマ選びにも大きく影響してるのは事実です。以前クルマ雑誌の編集をしていたころ、当時ベストセラーだったトヨタ・マークIIの読者ユーザー調査をしたことがあるんです。その結果、まあクルマがクルマだから予想はしてたんですが、「なぜマークIIを選んだのですか」の設問に対して圧倒的に多かった答が「無難だから」。
それだけじゃないんです。当然それに続いて「あなたのマークIIは何色ですか」とか「なぜ、その色を選んだのですか」とか尋ねるわけ。すると当時は白が一番多かったんですが、その理由がまたも「無難だから」。なぜ無難かというと、「みんなが選ぶ色だから」ですってさ。中には「職場の駐車場はほとんど白なんで、自分のクルマも白じゃないとマズい」ってのもあって、ほんと、アタマ痒くなりましたよ。
要するに「みんなと違うのはいけない」んですね。噂で聞いたんですが、ある自動車メーカーで若い社員が、赤いスポーツタイプを社内販売で買ったら、翌日さっそく上司に呼びつけられて「君、最近どうも生活が派手なんじゃないか」って注意されたんだそうです。自分の会社で盛んに宣伝して売ってるクルマですら、そんな目で見る風潮があるなんて、コワいというかクダラナイというか、呆れるしかありません。
だから服装でもクルマ選びでも、とりあえず周囲の平均値に合わせておけば摩擦もないし「無難」ということなんでしょう。たしかに誰だって、強いて波風を立てたくはありませんもんね。
でも大きく言えば、「みんなと違う」のを認めないことが、学校でのイジメにもつながってるんじゃないでしょうか。一人だけ考え方が違うとか、極端な場合は髪の色が薄いとか、いろんな理由をつけて例外を迫害するのがイジメですよね。その本当の根源が教員の行動にあるんじゃないかと私は睨んでるんですが、それについてはまた別の機会に書きましょう。
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そこで思うのは、こういう精神的な風土からは、優れたデザインは生まれにくいってこと。それは反対の条件を考えればすぐわかります。クルマだけでなくデザインといえば、やはりフランスとかイタリアとか、ラテン系の文化を連想しますよね。あの社会では、少なくともこういうことに関しては、徹底して個人の才能や主張を重く見ます。他人と違うことが値打ちなんですね。その違いを主張する手段がデザインだから、そりゃ際立つのも当たり前かもしれません。
そういう社会での個人の値打ちは、何より「カッコいい」ことで測られます。これは容姿という意味だけじゃなく、いろいろな要素によるものですが、何らかの意味でカッコいいのが良いことなのです。逆に言えば「みんなと同じ」ではいけないのでしょう。その点、同じヨーロッパでも北のゲルマン文化圏とは大きく違うようにも見えます。
この対比はけっこう鮮やかで、たとえばサッカーにしても、どちらかというとラテン系は個人技が際立ち、ゲルマン方面は組織プレーを得意とするんじゃないでしょうか。サッカー史に残る名プレイヤーといえば、たとえばペレ(ブラジル)、マラドーナ(アルゼンティン)、ジダン(フランス)など、ほとんどラテン系ですから。まあドイツにもベッケンバウアーのように際立った選手もいますけど。音楽でも、ラテン系はオペラのソリストが多く出てますけど、逆に有名な合唱団なんてあまり聞きません。そういえばモータースポーツ界もそうだという話は、また来週。
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| 水平基調で何の破綻も面白みもなかった昔のマークIIに比べれば、ずいぶん冒険したと思わせる現行型マークII。それでもイメージカラーは白系のようで、街で見かけるのも実際それが一番多い。なんたって無難ですからね、白は。 |
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