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【Vol.57】オリンピックと重なった特別な日(2004/8/20更新)

 

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日本人としての当然

まず初めに、いつもと違って「ちょいマジ」な私です。昨日は8 月15日。なのにテレビを見たら、どの局も朝からオリンピックでもちきりじゃないですか。私も大好きだけど、8 月15日だけは違うでしょう。1945年(昭和20年)のこの日、300 万人以上もの犠牲をはらった戦争に負けて、今の日本国への第一歩を踏み出したんだから。せめて昼間の1 時間だけでもチャラチャラした娯楽を自粛して、東京・千鳥が淵の戦没者慰霊の催しを中継するぐらい、日本人として当然でしょう。あとでまたオリンピックに熱中してもいいけど、その時ぐらい厳粛な慰霊の気持ちを抱くのも、日本人として当然でしょう。天皇皇后両陛下も総理大臣も威儀を正して参列し、「ふたたび戦禍を招くことのないように」と誓いの言葉を述べているのですから、ある意味、日本で最も大切な行事でもあるわけです。それをリアルタイムで流したのはNHK の衛星第2 だけ、それも10分ちょっとだけでした。
これは、「生まれる前のことだから知らない」じゃすまない問題だと思います。私も生まれてません。でも私の父も叔父も兵隊に取られて南方(っていうのも死語になりました)に行ってたし、もう一人の叔父はフィリピンで戦死してます。系譜をたどれば、誰かが戦争で命を落とした家庭って、たくさんあると思います。その人たちは、あんな戦争さえなければ、今ごろは孫たちに囲まれて幸せに暮らしていたかもしれません。幻に終わった1940年(昭和15年)の東京オリンピックの時も、多くの選手が出場めざして鍛練に励んでいたに違いありません。でも彼等の多くは戦地に送り込まれ、そのまま帰って来ませんでした。その無念さを思うと、こんな日に「北島がんばれ、谷亮子がんばれ」なんて盛り上がるだけじゃ、あまりにも無責任でしょう。

戦後復興を成し遂げた象徴

でもまあ、どんな歴史上の大事件も、こうしてだんだん忘れられていくんでしょうね。「もう戦後は終わった」と言われたのはずいぶん前のことになりますが、知らず知らずのうちに「新しい戦前」が始まっていて、やがて日本も今のイラクみたいになってしまいそうな気がしているのは、私だけではないと思います。西荻窪は、かなり老人比率の高い町です。直接間接に戦争を体験したあの人たちは、こんな世相を、胸に苦〜い汁がこみ上げてくるような気持ちで眺めているんじゃないでしょうか。
いや、べつに説教めいた話を書くつもりじゃなかったんです。ただ、たまたまそういう節目の日だったもんだから。
で、オリンピックなんですが(って、なんだ、この変わり身の早さは)、まだ東京オリンピック(今度は1964年の、本当に開催された方の話です)を鮮やかに覚えている私としては、開会式を見るにもついつい気持ちが入ってしまいます。オリンピックが必要以上に商業主義的になったとか、誘致運動など舞台裏が汚れているとか、悪い話は百も承知ですが、それでもスポーツの祭典の精神を信じているので、特に開会式は大切なんです。40年前の10月10日、国立競技場に聖火をかかげた酒井義則君(私より一つ年上だから、『君』じゃなくて『さん』ですよね)が駆け込んできたシーンの実況放送なんか、今でも正確に暗唱できます。なぜ彼が最終ランナーに選ばれたかというと、1945年の8 月6 日に、原爆を投下された広島の郊外で生まれたから。それがこんなに立派に成長した、つまり日本は戦後の復興をなし遂げたという象徴的な意味があったんです。

オリンピックの開催で世界の一員に

それ、本当によくわかります。今の若い人にはピンと来ないかもしれませんが、あのころ高校3 年だった私たちは、「ああ、これで日本もやっと世界の一員になったんだなあ」と、しみじみ思ったものなんです。だから、上の世代の人たちが「戦前派・戦後派」と区別するように、私はどうしても「オリ前派」(東京オリンピックをリアルタイムで知っている世代)と「オリ後派」に分けてしまう傾向があります。1988年にソウル・オリンピックを開催した韓国の雰囲気も、2008年のオリンピック誘致に必死になった中国の気持ちも、だいたい想像できます。欧米の先進国は別として、オリンピックって、そういうものなんです。
だから、生誕の地に帰ってきたオリンピックを迎えるギリシアの人たちの熱狂も、痛いほどわかります。そのうえで開会式を見ると、まだ生まれたばかりの小国や、やっと内戦が終結したばかりの国もずいぶんあります。そんな国の選手が、勝てるレベルとか関係なく、堂々と胸を張って入場して来るのを見ると、他人事ながらジ〜ンときます。初めて参加した1912年のストックホルム大会、戦争に負けてから初めて参加した1952年のヘルシンキ大会などの日本人選手はどんな気持ちだったんだろうと想像しちゃったりもします。今でこそ世界屈指の大選手団を派遣して「金メダル何個」なんて騒いでる私たちですが、ここへ来るまでにどんな道を歩んだのかも、折にふれて振り返っておくべきじゃないでしょうか。たまたま今回は終戦記念日(じゃなくて、戦争に敗れた日)とオリンピックが重なったので、なんだか考え込んでしまったわけです。

本来の参拝の目的とはまた違った方向で注目を浴びる靖国神社。時の主要人物が参拝するかどうかが問題となる現在の報道では、10分も放送すれば十分ってことになるんでしょう。




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